肺の水について

そう、入院の1週間ほど前、CTを撮った際に右肺に水が溜まってることが判明した。

どおりで最近息苦しいと思っていた。

右向きで寝ると呼吸ができないのだ。

 

医師は、手術前に局所麻酔で針を刺して抜くという。

座った状態じゃないとできないらしく、ゆえに全身麻酔の手術中についでに抜くというのは不可能らしい。

めっちゃ怖いやん。やだなー

 

横田先生に伝えたところ、

業謝行の時に「肺の水、無くなれ」と念じてくれたらしい。

先生は意識で空間自体を変えてしまう。

無から有、有から無へ、そして空の領域へと空間を変えてしまう。

 

その夜から右向きで寝られるようになったのだ。

深呼吸もできるようになり、肺の水が無くなった感覚。

マジすげー。

 

そして入院した日(1/19)、医師に

「肺の水は無くなったから抜くのは辞めてくださいね」

と伝えてみたが、もちろん取り合わず。

「溜まった肺の水が無くなることはない」のひと言。

とりあえずエコーで確認してみて、明らかに減っているようなら抜かない、という約束を取り付けた。

 

翌日、エコーで確認したところ、右肺の半分に水は溜まったまま…泣

「呼吸も元に戻ったんですけど」と抵抗してみたが、

「その状態に慣れたんでしょうね」と取り合わず。

おかしいなぁ…

仕方がない、しぶしぶ水を抜くことに同意。

 

そして手術の日(1/21)、

再度エコーで確認したところ、寝たままでも水が抜ける状態だという。

ツイてる。

というわけで、めでたく全身麻酔の手術中に抜いてもらうことになった。

 

手術後確認したが、一体どこから抜いたのか跡形がない。

看護師さんも「アレ⁉︎ 跡がないけど…」

針を刺したならテープぐらいは貼るであろうに。

 

横田先生に伝えたところ、

「肺の水は存在したかもしれない。

でも、水を抜かれた記憶も跡形もないというのは、実体が無かったというのと同じ。」

激しく納得。

 

座ったまま局所麻酔で怖い思いをして抜いたなら、肺に水が溜まっていた、という三次元的な実体がある。

 

ところが、気付いた時には水を抜いた記憶も跡形もない、

私の中では初めから無かったことと同じなのだ。

 

存在と実体の違い、

抽象度を上げると現実も変わる、

なんだか分かった気がする。