Gパン(2月16日)

「もうGパン履いた方がいいよ」

と横田先生から言われた。

なぜなら、意識が変わるから。

 

言われて気付いた。

そう、ジャージスウェット生活を続けていると、意識はまだお腹がデカい頃の延長線にあるのだ。

 

もう、ガンだったことを忘れていくこと。

そのための意識付けをすること。

それには以前と同じ生活をする。

お腹のキズやガンだったことへ遠慮をしないことだ。

 

ジャージを履いている限り、「ガンだったから」がアイデンティティになりそうだ。

やばい。

 

 

マンマミーア!(2月9日)

王子が招待券で「マンマミーア」を観に行くという。

四季は全く興味ないというか、悪口しかないのでスルーしていたが、ミュージカルには惹かれる。

 

退院して間もないし、四季だし、定価で観る価値なさそうだし、

以前ならば絶対行かない。

 

が、これからは少しでも惹かれる事はやっていきたい。

惹かれる要素があるなら、それをスルーしたくない。

これまでそうやって取りこぼしてきた事が山盛りあるから。

 

「四季」という要素は相変わらずパッとしなかったが、「生の舞台」という世界は素晴らしい。

退院間もない私に生命力を与えてくれた。

 

抽象度を上げれば、世の中楽しいことに溢れているのだ。

 

 

すべて幻

末期ガンが治った。

凄いことである。

 

横田先生が言ってたこと。

「この世はすべて幻。

だからこそ凄いことができる。

決して自分が凄いからではない。」

 

この現実が真実の実体だと思い込むから自分の認識の内側で終わってしまう。

すべて幻、仮の世界である。

だから自由に創造できてしまうのだ。

 

 

鞍馬へお礼参り(2月4日)

無事退院、朝の9時過ぎには家に到着。

半月ぶりの我が家であるが、なんだか浦島太郎状態でボーゼン。

 

しばらくボンヤリ座っていると、横田先生からラインが。

「鞍馬にお礼参りに行きましょう」と。

 

これは夢なのか?壮大なドッキリなのか?それとも大きな間違いなのか。

お見舞いや退院日のお迎えや、申し訳なさすぎて断り続けていたが、今回は遠慮してる場合ではない。

こんな機会は二度とないであろう、「行きます」と二つ返事。

 

1年ぶりの鞍馬。

そして地下の三尊の前では何やら真言を唱えてもらう。

むむむ、

氣が投入されているというか、私の内側の何かが巡り始めた。

これはヤバいです。

 

退院して体は家には帰ってきたが、魂だけが病院でもなく家でもなく、どこか彷徨っている感じがしていた。

氣が虚しているというやつか。

鞍馬の地下で身体と魂がようやく一つになった。

泣きそう。

 

そういえば本殿まで歩けるのか不安があったが、先生の気力に引っ張られて気づけばサクサク歩いていた。

体調だとか、環境だとか、そういう影響よりも意識や気力が全てを左右している。

もう言い訳はできないな。

 

ふもとの茶屋で栗ぜんざいをご馳走になった。

下界サイコー、死んでもいい 笑。

 

その日は夜の8時から泥のように眠り、朝の6時まで熟睡である。

そういえばこんなに深く安心感に包まれて眠りに付いたのは何か月ぶりだろう。

 

 

ドクターに感謝

といっても、ドクターには心から感謝している。

阪大の教授が執刀したわけだから、技術的に間違いない。

そして毎回言い負かされつつ、手術内容の希望はすべて聞いてくれたし。

 

何を尊いと思うのか、そこの根本的な違いがあるだけで。

 

本当に心から感謝して退院できる。

 

 

肩身が狭い

明日の退院が待ち遠しい。

私が入院している間に、部屋のメンツは3回転した。

婦人科の中でも私が一番の古株になってしまった。

 

ナースステーションに近い病室ほど重症であるが、そういえば私の部屋はフロントにある。

オマケに主治医が毎日様子を確認に来るのは私だけ。

重病人ポジションだったんだ。

 

が、2週間何も急変することもなく、化学療法をすることもなく、金にならない患者で肩身が狭い 笑。

 

さて退院後、どんな日常が待っているのかドキドキする。

 

 

今世の設定

明日、退院!

家に帰れるぜ。

 

ガン発覚から余命宣告まで、フルコースを味わった。

生まれる前に今世の人生を設定するというが、コレも設定のうちなのか?

どうかしてる。

 

今回の入院で、

創造者とはなにか、とか

自由とはなにか、とか

現実を創るものはなにか、とか

色々と考えさせられ、体験もした。

 

多次元宇宙であることもリアルに感じることができた。

私の中では完治した私であるが、医師の中では死を迎える私がいる。

色んな次元が隣り合わせで、意外と簡単に行き来できてしまうのだ。

 

おそらく今世、これを体験したかったんだと思う。