主治医キレる

退院後、二度目の外来検診。

どうですか?と聞かれ

「食欲もあるし朝走ってる。元気だ」と答えた。

「しんどくないか?」

「全然。」

……一瞬の沈黙、「思ってたのと違う」と明らかに思ったハズ。

 

「元気そうで良かった」と一度でも言えないものか。

まぁとりあえず今回で外来も終了。

その後、病院内のソーシャルワーカーホスピスを決める約束をしている。

が、全てお断りをして帰ってきた。

 

すると、しばらくして主治医から電話が掛かってきたのだ。

どうやら次の引き継ぎ先の病院を決めないといけないルールがあるらしい。

 

それならそうと最初から言ってほしい。

次の病院を探してあげる、的な恩着せがましい話だったので、入院する気もないのに話を伸ばすのも悪いと思って断ったのだ。

 

主治医は若干キレていた。

弱る気配もないし、死ぬ気もない態度にキレたのだろうか。

そもそも命を預けるのだから、私は良好な関係を築きたい。

が、向こうから見れば、ことごとく前例潰しの厄介な患者なのだ。

そして、切るに切れない。笑

 

 

生まれ変わって

生まれ変わって何か変化があるか?と聞かれる。

 

医学的にも占い的にもやはり昨年内に死んでたはずなのだ。

なので、それまでと同じ風景ではないことは確かである。

 

毎朝生まれ変わっているし、今日の夜に死ぬ。

なんとなくそういう感覚がインプットされてしまった。

 

今日という日は今日しかない。

それなら楽しく生きたい、

今日やれることはやりたい、

必死に生きたい、

満ち足りて夜を迎えたい、

こんなふうに思う。

 

 

発表後の反応

全国の会員さんからラインやメールを頂いた。

というか、反響の大きさにビックリなのだ。

 

「元気になってよかった!」

シンプルにこの言葉がこんなに嬉しいものなのか。

この言葉がこんなに活力になるものなのか。

 

熊野の温泉水を送ってもらったり、

産地直送のミカンを送ってもらったり、

健康食品を頂いたり、

バブルだ。

 

今月だけは脚光と恩恵に預かろうと思う。

ガンになってよかった、と思わなくもない。

 

 

相手との線引き

退院後、家族には引き続き真言をヨロシク、

とお願いしているが、歩美さんと王子にはいつまでやってもらえばよいのか?

横田先生に聞いてみた。

 

「かおるさんのため=自分自身のため、

相手と自分の線引きはない、すべては自分である、

それが密教の世界」

 

これが「相手との境をなくする」いうことか。

今さら理解。

 

 

検診で阪大へ(2月16日)

退院後、初めての外来検診。

内診とエコー。

まだ腹水が溜まっているらしい。

 

手術後も溜まっていると言われたが、それよりも減ってきているのが実感である。

逆にあなたのその言葉で病気になるわ。

 

そして、元気なうちに緩和ケア病院を決めた方がいいと強く勧められた。

「少ししんどくなって、それから一気にくるから。

その時は病院も探せない状態になる。」

 

しんどくなる待ちみたいなその態度、

ほんま腹立つわ。

 

 

Gパン(2月16日)

「もうGパン履いた方がいいよ」

と横田先生から言われた。

なぜなら、意識が変わるから。

 

言われて気付いた。

そう、ジャージスウェット生活を続けていると、意識はまだお腹がデカい頃の延長線にあるのだ。

 

もう、ガンだったことを忘れていくこと。

そのための意識付けをすること。

それには以前と同じ生活をする。

お腹のキズやガンだったことへ遠慮をしないことだ。

 

ジャージを履いている限り、「ガンだったから」がアイデンティティになりそうだ。

やばい。

 

 

マンマミーア!(2月9日)

王子が招待券で「マンマミーア」を観に行くという。

四季は全く興味ないというか、悪口しかないのでスルーしていたが、ミュージカルには惹かれる。

 

退院して間もないし、四季だし、定価で観る価値なさそうだし、

以前ならば絶対行かない。

 

が、これからは少しでも惹かれる事はやっていきたい。

惹かれる要素があるなら、それをスルーしたくない。

これまでそうやって取りこぼしてきた事が山盛りあるから。

 

「四季」という要素は相変わらずパッとしなかったが、「生の舞台」という世界は素晴らしい。

退院間もない私に生命力を与えてくれた。

 

抽象度を上げれば、世の中楽しいことに溢れているのだ。